京都へ向かう前に、私は亀井敬史さんの論文や発表資料、インタビューを読んでいた。日本で先進的な原子力技術に関心を持つ人であれば、いずれ亀井さんの仕事にたどり着く。長年にわたり、亀井さんはトリウム溶融塩炉に取り組み、研究発表を重ね、現在の原子力産業の中心からはまだ少し外れた領域で、粘り強く考え続けてきた。その背景を知ることで、亀井さんが何に取り組んできたのかは見えてきた。しかし、なぜ彼が日本のエネルギーの未来をそのように見ているのかまでは、資料を読むだけでは分からなかった。
京都でお会いしたのは、暖かい午後だった。会話は、想像していた通り、トリウム溶融塩炉から始まった。亀井さんはその技術について自然に語ったが、話題はすぐに広がっていった。炉の設計の話は製造業へつながり、製造業の話はサプライチェーンや重要部品をつくる企業の話へ移っていった。そこからさらに、人工知能、データセンターの電力需要、日本の産業競争力、そしてエネルギー政策を左右する世論のあり方へと話は進んでいった。
聞いているうちに、私はその会話を無理に分野ごとに分けるのをやめた。亀井さんは、別々のテーマを行き来しているのではなかった。原子炉、工場、大学、規制機関、地域社会、そして公共の信頼が、すべて同じ地図の上に置かれていた。そう考えると、一つの炉型を長年研究してきた人が、教育や政治、製造業についても同じ慎重さで語る理由が少しずつ分かってきた。
私は、先進原子力の一つの技術を理解するために京都へ来たつもりだった。しかし、実際に考えさせられたのは、どのような条件がそろえば技術は社会の中で生きるのか、ということだった。原子炉そのものだけでなく、その周囲にある人、産業、制度、信頼に目を向ける亀井さんの姿勢が、その午後の会話全体を貫いていた。
亀井さんの既存の原子力発電所に対する見方は、きわめて現実的だった。すでにある原子炉については、安全かつ責任を持って運転できるのであれば活用すべきだと考えている。日本は国内のエネルギー資源に乏しく、安定した低炭素電源を大規模に確保することは簡単ではない。既存の軽水炉は、日本がすでに築いてきたインフラの一部であり、化石燃料に依存しない安定電源の一つでもある。
「今ある軽水炉を動かすのは、僕はいいと思っているんですよ。だけど、新たに作ったりするのは、僕はやめた方がいいと思っています」
新しい大型炉の建設に話が及ぶと、亀井さんの慎重さはよりはっきりする。従来型の大型原子炉は、長い時間を伴う決断である。巨額の資本、長い建設期間、特殊な部品、そして限られた企業しか支えられないサプライチェーンを必要とする。一度その道を選べば、その決断は何十年にもわたって続く。亀井さんが懸念しているのは、現在のモデルを延長しすぎることで、日本が別の可能性を準備するための習慣、知識、柔軟性を失ってしまうことだった。彼が問題にしていたのは、いま存在するものを否定することではない。将来の選択肢があまりに少なくなることへの警戒だった。
その視点から、亀井さんのトリウム溶融塩炉への関心が見えてくる。彼は、その技術の可能性と、そこに至るまでの距離の両方を理解している人の慎重さで語っていた。溶融塩炉は、まだ簡単な技術ではない。材料、規制、燃料の取り扱い、保守、経済性など、解かなければならない課題は多い。亀井さんは、それを簡単な解決策のようには語らなかった。むしろ、彼の主張はもっと長い時間軸に立っていた。
「トリウム溶融塩を輸入するのでもいいんですよ。だけど、自力で作れるようには必ずなっておく必要があるんじゃないかなと思います」
製造の問題は、亀井さんにとって特に重要に見えた。エネルギー安全保障は、しばしば燃料輸入の観点から語られる。しかし原子力発電所は、重工業の産物でもある。冶金、精密工学、品質管理、そしてほとんど誤差を許されないものをつくる技能者に支えられている。大型原子炉の主要部品、たとえば圧力容器は、どの国でも思い立った時にすぐ製造できるものではない。設備と経験、そして技能の継続が必要になる。
亀井さんは、その能力がいかに限られた場所に集中しているかを示す例として、日本製鋼所を挙げた。
「北海道に日本製鋼所というところがあって、そこしか巨大な圧力容器は作れないんですよ」
彼の見方では、こうした産業上のボトルネックは、海外で小型の先進炉に関心が集まる理由の一つでもある。もし自国の中でより多くのサプライチェーンを完結できるなら、原子炉は単なる発電技術ではなく、産業戦略の一部になる。また、より小さなシステムであれば、実験や学習に伴う経済的なリスクも変わる。大型炉は数十年単位の大きな賭けになるが、小型の設計が実用化されれば、国や企業はシステム全体を一度に賭けることなく、段階的に学んでいける可能性がある。
だからこそ、亀井さんは海外の動きを注意深く見ている。アメリカでは、原子力が大手テクノロジー企業の事業計画の中に入り始めている。人工知能とデータセンターの拡大により、昼夜を問わず供給できる電力への需要が増えている。近年、Microsoft、Google、Amazon はそれぞれ、原子炉の再稼働や先進炉開発に関わる原子力関連の契約や計画を発表している。これらのプロジェクトには、実務上の課題がまだ多く残る。それでも、安定した低炭素電力が産業戦略の一部になりつつあることは明らかである。
日本にとって、その変化は見過ごせない。ほかの国が AI やデータインフラの成長をきっかけに、原子力のサプライチェーンを再構築し、技術者を育て、先進炉を試していくなら、日本は後から追いかける立場になりかねない。
「日本はやっぱり黒船の文化って言うんですかね。外から何かあって、わーって慌てる」
亀井さんは、その言葉を大げさにではなく、むしろ落ち着いた調子で口にした。世界が変わったあとで反応することはできる。しかし、準備している国と、反応するだけの国とでは、立っている位置が違う。
同じ準備の感覚は、社会的受容についての話にも表れていた。私は会話の中で、気候変動やエネルギー課題に対して科学に基づく解決策を訴える国際的な動きに連なる WePlanet Japan の構想について話した。ヨーロッパでは、原子力の再稼働や新設を求めて、環境団体がデモやキャンペーンを行うことがある。亀井さんはすぐに、それを日本でどう根づかせるのかという点に意識を向けた。
彼は、その組織が日本で実際に何をするのかを問うた。どう継続するのか。誰が率いるのか。何をもって成功とするのか。日本で信頼を得るには、日本のやり方が必要だということも理解していた。ヨーロッパで有効なキャンペーンを、そのまま日本語に訳して持ち込むことはできない。伝える内容、伝える人、伝え方のすべてが、その社会に合っていなければならない。
「日本は、長いものに巻かれるとか、お上という思想があったりしますよね。上から降りてくるものに従う傾向がどうしても強いので」
その問いが印象に残ったのは、非常に具体的だったからだ。亀井さんは、その構想を軽く励ますのではなく、成り立つかどうかを真剣に確かめていた。熱意だけでは足りない。日本で難しい対話を前に進めるには、忍耐と判断力、そして人々が信頼できる人材が必要になる。彼は、若い主催者だけでは足りない部分を補うために、原子力分野で実績のあるアドバイザーの存在も必要になるだろうと話していた。
この点は、簡単に見落とされがちだ。日本の原子力をめぐる会話には、今も福島第一原子力発電所事故の記憶がある。多くの人にとって、原子力は避難、汚染、制度への不信、そして信頼の喪失と結びついている。原子力についてより良い対話を望むなら、その現実から始めなければならない。人々の不安を単なる誤解として片づけることはできない。信頼は、ゆっくりと、具体的に、もう一度築かなければならない。
同時に、難しいエネルギー選択を避けることにも代償がある。輸入化石燃料は、エネルギー安全保障と排出量に影響する。再生可能エネルギーは不可欠だが、変動する電源を大量に統合するには、送電網、蓄電、バックアップ電源、そして綿密な計画が必要になる。産業競争力には安定した電力が欠かせない。気候目標も、現実の制約の中で機能する選択によって初めて意味を持つ。亀井さんの話は、何度もこうしたトレードオフに戻っていった。彼は、日本にそのすべてを落ち着いて見つめることを求めていた。
会話の終盤、私は若い世代に向けたメッセージを尋ねた。
「危機感というのは持ってほしいなと思います。僕ら、危なさを感じることがないでしょう。だけど、その危機感というのは、自分の感覚として常に持っていてほしい。でも、あんまり怖がりすぎないというか、未来に希望は持ってほしい。今ある安全とか平和というのは、自分たちが作ったわけじゃないので、未来の安全や平和のためには自分たちがやるとしないといけないと思います」
その答えは簡潔だったが、午後の会話全体とつながっていた。安定は、各世代が受け取り、維持するか弱めるかを選ぶものだ。電力、産業、公共の信頼、技術力は、人々が関心を持ち、手をかけ続けて初めて強さを保つ。
トリウム溶融塩炉は、亀井さんが長年向き合ってきた技術である。しかし、彼のより大きな関心は、日本が備えているかどうかにある。日本にはまだ、技術者がいる。大学がある。企業がある。運転経験がある。そして、原子力について真剣に関わろうとする若い人たちもいる。こうした力は、次の危機が来てからエネルギー政策を考えればよいという姿勢の中で、少しずつ弱くなっていく。
京都からの帰りの電車の中で、私は会話の一つの考えに戻り続けていた。日本の原子力の未来は、どの炉型が成功するかだけで決まるのではない。その炉型を可能にする人、産業、制度、地域社会、そして公共の信頼によっても決まる。技術は、社会の中に自然に現れるものではない。つくる人、説明する人、規制する人、受け止める地域、そして難しい選択を丁寧に考えようとする市民を必要とする。
亀井さんの言葉は静かだった。だからこそ、重みがあった。彼が求めていたのは、日本が自ら決める力を失わないことだった。電力需要が高まり、気候への圧力が増し、産業競争が激しくなり、技術の未来が不確実さを増すなかで、その力は、どの一つの原子炉設計にも劣らない重要な意味を持つのかもしれない。