原子力発電所の設計図を残し、技術基準を維持し、何十年分もの運転記録を保管することはできる。立地を維持し、許認可を更新し、設備を良好な状態に保つこともできる。しかし、それよりはるかに難しいのは、それらすべてを組み合わせ、実際に機能させる方法を身につけてきた人材、供給企業、制度を守り続けることだ。ひとたびその仕組みが弱まり始めれば、原子炉は図面の上では建設可能でありながら、現実には建てることが難しいものになっていく。
この問題は、いま世界で高まりつつある原子力への関心の根底にある。現在、四十を超える国が原子力発電の拡大に向けた政策や構想を掲げているが、一般に議論の中心となるのは、原子炉の設計、建設費、政治的な承認である。ところが、そうした問題がニュースになる頃には、その前段階にある重要な仕事がすでに進んでいなければならない。経験豊富なプロジェクトマネジャー、規制当局の職員、検査員、運転員、技術者が必要になる。厳格な原子力品質基準を満たす特殊部品を製造できる企業も欠かせない。しかも、そうした能力を維持する理由がほとんどなかった時期を、何年も経た後である場合もある。
手順はマニュアルに残せる。しかし、判断力まで残すことは難しい。
経験を積んだ検査員は、試験結果が許容範囲内に収まっていても、何かがおかしいと気づくことがある。プロジェクトマネジャーは、図面上では効率的に見える建設手順が、後になって現場で問題を起こすと見抜くかもしれない。メーカーは、技術上は認められる公差であっても、長年の運転後に不具合を招く可能性があることを理解している。こうした判断力は、繰り返し、失敗、そして長年の実務を通じて培われる。
原子力発電では、この経験がとりわけ重要になる。プロジェクトの時間軸が非常に長いからだ。原子炉は六十年以上にわたって運転されることがある一方、設計、建設、試運転に携わった人々が業界で働く期間は、それよりはるかに短い。したがって、すべての原子力計画は世代交代という問題を内包している。発電所は、それを最もよく知る人々よりも長く存在し続ける。
その課題の大きさは、すでに数字に表れている。英国の民生・防衛原子力分野では、二〇二四年に約九万六千人の雇用が支えられていた。政府と業界の試算によれば、二〇三〇年代初頭までに、およそ十二万人が必要になる可能性がある。特に技術職と運転部門で需要が強まると見込まれている。大学の定員を増やすことは助けになるが、同じ人材が既存の原子力発電所、廃止措置、防衛計画、新規建設のすべてを支えている。求められているのは一般的な労働力ではない。必要なのは、身につけるまでに何年もかかる経験を持った人材である。
同じ圧力はサプライチェーンにも及んでいる。OECD原子力機関は、二十か国以上を対象とした調査を通じ、原子力人材と供給体制の準備不足を、新規原子力開発を制約する要因として繰り返し指摘してきた。表現は官僚的だが、根底にある問題はごく現実的なものだ。将来の仕事が継続的に見込めなければ、企業は特殊な生産ライン、認証、経験豊富なチームをいつまでも維持することはできない。
建設が長期間途絶えた場合、その影響は、再び建設を決めるまで見えないことがある。技術者は別の産業へ移る。中小の供給企業は、原子力分野の資格を維持する費用に見合う仕事がないと判断する。経験豊富な社員は、後継者を実際のプロジェクトで育成する機会を持たないまま退職する。何年か後にも、建物や機械は残っているかもしれない。しかし、その仕組みを機能させていた人々の関係は弱まっている。
継続的に原子炉を建設する国が得るものは、発電能力だけではない。新しいプロジェクトがあるたびに、若い技術者や技能者は実地で学ぶ機会を得る。供給企業は投資を続けるだけの仕事を確保できる。規制当局も、新しい設計や建設方法を審査し続けることができる。ある現場で発見された問題を、記憶している人々が残っているうちに、次の現場で修正できる。完成した原子炉は電気を生み出すと同時に、その次の原子炉を建てるための基盤も強くする。
日本は、まさにいま、この問題に直面している。日本の原子力に関する能力は、何十年にもわたる発電所の建設、製造、運転を通じて築かれてきた。日本企業は、大型機器、材料、品質管理、プロジェクト遂行の分野で深い専門性を育てた。電力会社や規制機関も、多数の国内原子炉の運転を通じて知識を蓄積してきた。その経験は今も残っている。しかし、倉庫に保管し、必要になった時に取り出せるようなものではない。
経済産業省は、将来の原子力政策と、国内の供給企業や人材を維持する必要性を、これまで以上に明確に結びつけるようになった。その取り組みを支えるため、原子力サプライチェーンプラットフォームも設置している。二〇二六年六月、その緊急性はさらに明らかになった。経済産業省は、既存の原子力発電所の高経年化に伴い、一定の前提の下で、二〇四〇年代には二・二から五・五ギガワット、二〇五〇年代には十二・七から十六ギガワットの原子力発電能力が不足する可能性があると試算した。この見通しを示した目的の一つは、不足が現実になる前に、産業界が人材、設備、投資について判断できるだけの将来像を示すことだった。
そうした判断は、すべての政治的な問題が決着するまで待つことはできない。特殊な生産ラインを維持するかどうかを考えるメーカーは、将来の受注が見込めるかを知る必要がある。進路を選ぶ若い技術者には、一つのプロジェクトだけで終わらない職業としての道筋が必要だ。政府は一年で政策を変えることができる。しかし、供給企業や技術者が失われた能力を同じ時間で再建することはできない。
もちろん、産業基盤があるだけで原子力プロジェクトの成功が保証されるわけではない。管理の弱さ、設計変更、連携不足、現実離れした工程によって、プロジェクトが行き詰まることはある。大規模な人材を適切に活用できないこともあれば、保護されたサプライチェーンが高コストで変化に乏しいものになる可能性もある。経験は、規律、競争、優れたプロジェクト遂行能力と組み合わされて初めて力を発揮する。
同じ脆弱性は、造船、航空宇宙、先端製造業にも見られる。現代の経済は、標準化された設備や広く提供されているサービスであれば、必要な時に購入することに慣れている。しかし、複雑な産業能力はそれとは異なる。難しい問題を共に解決する方法を、長い時間をかけて身につけた人々と組織によって支えられている。そのつながりが切れれば、資金によって再建を後押しすることはできても、必要な年月まで短縮することはできない。
原子力計画は、発電所をいくつか建てれば成立するものではない。学校、規制機関、電力会社、建設会社、メーカー、そして複数のプロジェクトにまたがって働く人々の関係によって成り立っている。その関係が維持されれば、一基を建設するたびに、次の原子炉を建設し、運転する力も強くなる。反対に、その関係を衰えさせれば、設計図も、基準も、意欲も残っているのに、実際に使いこなすための知識だけが別の場所へ移ってしまうかもしれない。
原子炉は、自分がどのように造られたかを記憶できない。だからこそ、国がその記憶を受け継いでいかなければならない。