事実の先に

フランス・アヴィニョンで行われたパネルディスカッションの途中、ブラジル出身の原子力エンジニアで、International Youth Nuclear Congress(IYNC)のVice Presidentを務めるAlice Cunha da Silvaさんが、会場に向かって手を挙げるよう呼びかけました。

「自分の国に原子力発電所がある人は?」
多くの手が上がりました。続いて、「自分の国にある重要な生態系を一つか二つ挙げられる人は?」と聞くと、今度は手の数が減りました。そこから彼女は、原子力に携わる私たちは、実際にプロジェクトが行われる地域の環境や、そこで暮らす人々のことをどれだけ理解しているのか、という問いへ話を広げていきました。

数分ほどのやり取りでしたが、その週を通じて繰り返し語られていた大きなテーマが、そこに凝縮されていました。

私は今回、日本を代表してアヴィニョンで開催されたInternational Youth Nuclear Congressに参加しました。会場は歴史あるローマ教皇庁。50か国以上から500人を超える学生や若手専門家が集まり、私たちの世代がこれから引き継いでいく原子力の課題について議論しました。テーマは原子炉技術や燃料供給から、気候政策、資金調達、社会からの信頼、そして人々が実際に暮らす地域でプロジェクトを進めていく難しさまで多岐にわたりました。

原子力に携わる人たちは、長い時間をかけて原子炉や技術について学びます。ただ、原子力をめぐる意思決定は、それだけでは完結しません。土地、水、生物多様性、地域雇用、先住民コミュニティ、資金調達、規制、そして社会からの信頼まで、さまざまな要素が関わります。Aliceさんが伝えようとしていたのは、原子力業界には、技術そのものと同じくらい、その周囲にあるこうした関係性を理解できる人が必要だということでした。

技術的な事実と、人が実際に持っている経験との距離についても、何度も話題になりました。Aliceさんは、チェルノブイリ事故後の時代をドイツで過ごし、パンや牛乳をガイガーカウンターで測っていた記憶を持つ人たちとの会話について語りました。何十年たっても、そうした記憶は原子力に対する見方に影響を与え続けています。技術的なデータは、安全性やリスクを詳しく説明することができます。一方で、人の経験はまったく別の入り口から、その議論に入ってきます。

Nuclear for Climateのコーディネーターを務めるJadwiga Najderさんも、同じ点をとてもわかりやすく表現していました。原子力について懸念を示す人は、必ずしも「数字の壁」を求めているわけではありません。長年見てきたニュースの見出しや、家族から聞いた話、あるいは今まできちんと答えてもらったことのない不安から、その質問が出ていることもあります。だからこそ、良いコミュニケーションは、その人がなぜその質問をしているのかを理解することから始まります。

これは日本にとっても、とても関係の深い話です。日本の原子力をめぐる議論には、福島事故の経験に加えて、放射性廃棄物、電気料金、エネルギー安全保障といった課題があります。日本は経済を支えるエネルギー資源の多くを海外に依存しており、何千キロも離れた場所で起きた出来事が、国内で使うエネルギーの価格や供給に影響することもあります。人によって、こうした問題の受け止め方や優先順位は異なり、それぞれが暮らす場所や経験によって見方も変わります。

アヴィニョンでの議論は、その後、コミュニケーションの問題から、実際にプロジェクトをどう進めるのかという話へ移っていきました。Aliceさんは、ブラジルで地域住民が意思決定から取り残されたと感じた結果、大きな抗議に発展したインフラプロジェクトについて紹介しました。環境や地域社会の懸念に早い段階から向き合うことは、工期やコスト、そして投資家がそのプロジェクトを本当に完成できると考えるかどうかにも影響します。つまり、社会からの信頼は、プロジェクトそのものの実行力にも関わってきます。

Oranoの幹部からは、ウラン採掘の立場から話がありました。鉱山開発では、採掘が始まるずっと前から地域との関係づくりが必要で、操業が終わった後もその関係は続きます。カナダ北部のサスカチュワン州では、先住民コミュニティを含む地域との合意や、地元雇用、利益還元などの取り組みが進められていると説明していました。また、かつてウラン鉱山があった場所で、長年の環境モニタリングと修復を経て、最終的に土地を自然に戻すことができた事例も紹介されました。

その背景にある産業の規模も大きなものです。OranoはフランスのGeorges Besse II濃縮施設で、17億ユーロを投じて能力を30%拡張する計画を進めています。米国テネシー州で計画している濃縮事業についても、米エネルギー省から9億ドルの支援を受けています。こうした大規模投資は、今後の原子力需要の拡大を見込んだものであり、その分だけ、鉱山、施設、地域社会、政府など、より多くの関係者が一つの流れの中に加わっていくことになります。

Aliceさんはその後、コロンビアのサンタ・マルタで開かれた別の会議での出来事も紹介しました。そこで彼女は、ブラジルのSanta Quitériaウラン鉱山計画に反対する運動を率いていた人物と出会ったそうです。最初は普通に話をしていて、後になって原子力についてまったく異なる立場にいることがわかりました。それでも会話は続き、その後も連絡を取り合っているといいます。相手が突然原子力支持に変わったわけではありません。大切だったのは、お互いがどこからその考えに至っているのかを、より深く理解できたことでした。

Jadwigaさんは、セッションの終盤でこの考え方をさらに広げました。原子力の支持者は、原子力がどの国でも「最も安全で、最も優れたエネルギー源」だと全員に納得してもらう必要はありません。彼女はコスタリカを例に挙げ、自然条件によっては原子力の必要性がそれほど高くない国もあると話しました。大切なのは、原子力が安全で有用であり、それを必要とするエネルギーシステムにおいて非常に大きな価値を持つことを伝えることです。

このセッションで最も難しい質問は、ガーナから参加していた一人の参加者から出ました。もし今後、重大な原子力事故が再び起きたら、原子力産業の成長にどのような影響が出るのか。そして、世界の原子力開発を再び遅らせることになるのか、という質問でした。

パネリストたちは、この質問を避けませんでした。Jadwigaさんは、業界の経験豊富な人たちからよく聞く言葉として、**「ifではなく、when」**という表現を紹介しました。複雑な技術である以上、事故や事象が将来永遠に起こらないと考えることはできず、だからこそ準備と説明責任が重要になるという意味です。ほかのパネリストも、重大な事故が起きれば、その国だけでなく世界中の原子力プロジェクトや社会からの信頼に影響が及ぶだろうと認めていました。議論は、緊急時対応、安全文化、透明性、そして影響を受ける地域社会に対して正直に説明する責任にまで及びました。

日本を代表してその場にいた私にとって、このやり取りには特別な重みがありました。私たちは、原子力事故の影響が、社会からの信頼やエネルギー政策、その後何年にもわたる意思決定にまで広がることを知っています。同時に、事故の直後の危機が過ぎても、日本がどのように経済を支えるエネルギーを確保していくのかという根本的な問題は残り続けます。

アヴィニョンには、原子力の将来に対する強い期待がありました。各国では新しい原子炉が検討され、燃料サイクルへの投資も拡大しています。電力需要は増え続け、これから大きく成長する産業に新しい世代が入り始めています。IYNCに集まった若い世代の多くは、これからのキャリアの大部分を、その期待を実際のプロジェクトへ変えていくことに使うことになるはずです。

Aliceさんの最初の挙手の問いかけは、そのために何が必要なのかを端的に表していました。原子力技術を深く理解することは、これからも不可欠です。同じように、その技術が使われる場所の環境や歴史、そこに暮らす人々やその不安を理解することも、原子力を実際に築いていくための一部です。原子力の未来は、その両方によって形づくられていきます。

Taiga Cogger

Got Nuclear
A Project of the Anthropocene Institute