現在、中東で軍事的な衝突が現実のものとなる中で、私はあらためて、遠くで起きている出来事がどれほど速く私たちの日常に影響するのかを考えさせられています。ホルムズ海峡は東京やベルリン、シドニーから何千キロも離れていますが、その狭い海峡で緊張が高まるだけで、エネルギー価格はすぐに動きます。日本は原油の大半を中東から輸入していますし、EUは約90日分の石油備蓄を持ち、オーストラリアの精製燃料備蓄はおよそ35日前後とされています。こうした数字を見ると備えがあるように感じますが、市場の反応そのものを止めることはできません。
実際に在庫が尽きる前から、原油先物は上昇し、天然ガス価格は跳ね、海上保険料も上がります。その影響は静かに広がっていきます。ガソリン価格が上がり、航空運賃が見直され、物流コストが増え、食料品価格にも波及します。インフレ期待が変わり、中央銀行は利下げに慎重になります。住宅ローン金利がなかなか下がらないという形で、私たちの生活に返ってきます。物理的な不足が起きていなくても、不確実性だけで経済は揺れる。そのことを、あらためて実感しました。
最近、ある投資家がエネルギー価格の急騰がインフレや金利にどう影響するかを語っていました。彼は今回の紛争が企業収益全体を大きく損なうとは見ていません。それも一つの見方だと思います。ただ、私が考え込んでしまったのは別の点でした。なぜ一地域での紛争が、これほど速く私たちの借入コストや生活費にまで影響するのか。その背景には、エネルギーの「構造」があるのだと思います。
石油やLNGは、常に動き続けなければならないエネルギーです。タンカーやパイプライン、海峡といったルートを通り、日々供給されます。価格は世界市場で決まり、リスクに即座に反応します。日本の250日超の備蓄やEUの90日備蓄は、物理的な不足を防ぐための重要な備えです。しかし、それでも価格は世界市場に連動し、安定した輸送に依存しているという構造そのものは変わりません。備蓄は時間を稼いでくれますが、依存の形までは変えてくれないのです。
こうした構造を考える中で、私は原子力エネルギーの意味を少し違った角度から見るようになりました。原子力発電所は、毎日の燃料輸送に依存していません。ウランは非常にエネルギー密度が高く、比較的少量の燃料で12か月から24か月程度の運転が可能です。一度燃料が装荷され、国内に保管されれば、発電はタンカーの動向や海上保険料の変動に左右されません。海峡で緊張が高まっても、原子炉の出力が市場のニュースに連動して揺れることはありません。燃料はすでにそこにあり、計画通りに運転が続きます。
もちろん、原子力がすべてのリスクを消してくれるわけではありません。ただ、構造として見れば、地政学的なショックが電力価格や国内経済に直結する度合いを和らげることができます。長い燃料サイクルと国内で管理できる在庫という仕組みは、外からの衝撃をそのまま伝えにくくしてくれます。
私はこれまで、原子力を主に脱炭素の観点から考えてきました。それは今でも大切な視点です。ただ最近は、もう一つの意味を感じるようになりました。それは「揺れにくさ」です。自立とは、世界と切り離されることではなく、自国の安定が外部の出来事にどれだけ左右されるかを減らすことだと思うようになりました。エネルギーが常に政治的に不安定なルートを通らなければならないなら、外部の紛争は必ず国内に影響します。一方で、一定割合のエネルギーを長期サイクルで国内管理できるなら、その影響はより穏やかになるはずです。
日本の備蓄は先見性を示していますし、EUの制度は協調の成果です。オーストラリアの状況は、グローバル化した供給網の現実を映し出しています。どれも合理的な対応です。ただ、本当の意味での独立は、「どれだけ長く耐えられるか」ではなく、「どれだけ揺れにくいか」で測るべきなのではないかと感じています。
私たちが中東の紛争の影響を感じているのは、石油が止まったからではありません。止まるかもしれないという可能性が、そのまま伝わる構造になっているからです。そう考えると、原子力は単なる気候対策ではなく、エネルギーシステムのあり方そのものに関わる存在だと感じます。不確実性が高まる世界の中で、外部ショックにすぐには揺れない電源を持つこと。その意味を、今あらためて考えています。