脆弱性とともに生きる

長い間、エネルギーの議論は「どちらの立場に立つか」を選ぶものだと思っていた。
再生可能エネルギーか原子力か。安全かリスクか。未来か過去か。
議論はいつも賑やかだったが、僕の中には拭えない違和感が残っていた。
それは、「私たちは避けられない脆弱性と、どう向き合って生きていくのか」という問いだった。

その問いがはっきりしたのは、エネルギーとは直接関係のない会話の中だった。
年上の人が、何気ない口調でこう言った。
「日本は地理を選べなかった。でも、その条件の中で生きる方法を学んできた。」

そのときは深く考えなかったが、後になって、この言葉が頭から離れなくなった。

日本はよく「資源に乏しい国」と言われる。
この表現は、ときに失敗や欠陥を示しているように聞こえる。
けれど、僕が見る日本は違う。
限られた土地、乏しい天然資源、海に囲まれた環境。
そうした制約の中で、日本は工夫し、適応し、繁栄を築いてきた国だ。

エネルギーも、その延長線上にある。

日本は、使っているエネルギーの大半を海外からの輸入に頼っている。
多くの燃料は、遠くから海を渡り、いくつもの海峡を通って日本に届く。
長い間、この仕組みは機能してきた。
国際貿易は拡大し、海上輸送は安定し、エネルギーは予定どおり届いていた。
当時の状況を考えれば、その前提で社会を設計したことは、無理のある判断ではなかった。

変わったのは、日本ではない。
変わったのは、日本を取り巻く環境だった。

価格の急変、供給の混乱、地域紛争。
エネルギーの安定は、当たり前の背景ではなく、日常の意思決定に影を落とす要素になった。
それを見ていて、僕は気づいた。
問うべきなのは「過去が正しかったかどうか」ではない。
前提が変わったとき、国はどう適応するのか、ということなのだ。

そこから、僕の考え方も変わっていった。

再生可能エネルギーは重要だ。
排出を減らし、技術としても前進を示している。
日本がこれに真剣に取り組んできたことも事実だ。
ただ同時に、理想として語られるエネルギーと、絶対に止まってはいけない社会システムとの間に、距離があることにも気づいた。

病院、交通、データインフラ。
こうした仕組みは、平均的な供給では成り立たない。
常に安定していることが前提になる。

原子力を考えるようになったのは、その対比からだった。
象徴としてでも、過去への評価としてでもない。
リスクの性質が他とは異なる選択肢として、原子力が見えてきた。

原子力のリスクは、まれだが影響の大きい事象に集中する。
一方で、化石燃料への依存は、価格変動や供給不安、地政学的緊張といったリスクを、日常的に社会全体に広げ続ける。
どちらも簡単ではない。
だが、性質の異なるリスクだという点は重要だと思う。

日本には、この分野における重い歴史がある。
福島の事故は、簡単に乗り越えられるものではない。
だからこそ、原子力に向き合うには、より高い水準の統治、透明性、そして信頼が求められる。
その歴史を認めることは、将来の議論を閉ざすことではない。
むしろ、より慎重に、真剣に議論する理由になる。

僕が学んだのは、エネルギーに「完璧な答え」はないということだ。
あるのはバランスだ。
原子力を一定程度維持しながら、再生可能エネルギーを拡大していくという日本の方向性は、複数のリスクを同時に管理しようとする現実的な試みだと感じている。

僕は、この状況を失敗だとは思っていない。
選べなかった条件の中で、変化に適応しようとしている途中なのだと思う。
そう考えると、批判よりも、丁寧さが大切だと感じるようになった。

僕たちの世代にとって、エネルギーは政策論争の話題ではない。
これから受け継ぎ、維持していく社会の土台そのものだ。
僕にとっての学びは、日本が脆弱であると知ったことではなかった。
脆弱性は、誰かを責める理由にはならない。
それは、向き合うべき責任を示しているのだ。

そして、その責任を丁寧に果たすことができれば、
それは弱さではなく、強さになり得る。

Taiga Cogger

Got Nuclear
A Project of the Anthropocene Institute