私たちはこれまで、未来は「限界に縛られたもの」だと教えられてきました。水も、燃料も、土地も、そして時間さえも足りなくなると。でも、本当に足りないのは物理的な資源ではなく、ただ単に「エネルギーが高すぎる」ことではないでしょうか。
原子力は、その構図を変える力を持っています。電力だけでなく、産業用の熱、水素、合成燃料に至るまで、大規模でクリーン、そして常時稼働可能なエネルギーを提供できる唯一の実証済みの技術です。もし原子力を活用してエネルギーコストを劇的に下げることができれば、未来は「不足」ではなく「可能性」によって形づくられるでしょう。
たとえば、アメリカ・テキサス州西部。地下には塩分を含む豊富な水資源があります。水が足りないわけではありません。ただ、塩分濃度が高いために使われずにいるのです。処理技術はすでに存在していますが、問題はそのプロセスに必要なエネルギーコストです。もしそのコストが10分の1になれば、今は使えないその水が命の水になります。農業が戻り、地域経済が再生する。それは、もはや夢ではありません。
これは仮定の話ではありません。エネルギー価格が私たちの可能性を縛らなくなったとき、未来は大きく変わるのです。
現代社会のあらゆるところに、エネルギーを大量に消費するプロセスが存在しています。そして多くが、いまだに化石燃料に頼っています。たとえば肥料の製造。窒素肥料を作るには高温・高圧の環境が必要で、通常は天然ガスが使われます。ここで原子力の熱と電力に置き換えれば、排出ゼロで、安定した国内生産が可能になります。それは農業のためだけでなく、世界の食料安全保障にとっても不可欠です。
同じことが、長距離の航空や海運にも当てはまります。飛行機や大型貨物船をバッテリーで動かすのは現実的ではありませんが、原子力によって生み出された豊富なクリーン電力を活用すれば、水素、アンモニア、合成燃料といった代替エネルギーで脱炭素化が可能になります。利便性を犠牲にする必要はありません。
特に大きな可能性を秘めているのが、産業用の熱です。鉄鋼、セメント、化学製品などの製造には、安定した高温熱が不可欠です。再生可能エネルギーではこれを安定供給するのは困難ですが、原子力、特に高温ガス炉などの先進炉であれば、それが可能です。日本にとってこれは、海外移転やエネルギーコスト上昇によって弱体化した製造業を再び国内に取り戻すチャンスでもあります。持続可能で強靭な産業基盤を築くための鍵なのです。
それほどの可能性があるにもかかわらず、原子力をめぐる議論は「廃棄物」に偏りがちです。しかし、私たちが「廃棄物」と呼ぶ使用済み核燃料の多くには、いまだ90%以上のエネルギーが残されています。それは問題ではなく、むしろ活用すべき資源です。現在では、このエネルギーを再利用し、長期的な保管の必要性を減らす新しい炉や燃料サイクルの開発が進められています。
さらに、原子力は発電量あたりで見れば最も安全なエネルギー源です。風力や太陽光よりも安全であり、化石燃料とは比べものになりません。NASAが主導した研究によれば、1971年から2009年の間に、原子力は石炭や天然ガスによる大気汚染を抑えることで、世界で約200万人の早期死亡を防いだとされています。
それでもなお、化石燃料は今も大気や水を汚染し続けています。石炭灰、フラッキングによる汚染水、有害な微粒子などが、誰の責任も問われることなく放出されています。原子力はその副産物を封じ込め、管理計画を立て、資金も前もって拠出します。一方で、化石燃料はその影響を社会に押し付け、立ち去るだけです。
本質的に、これは排出や廃棄物の話にとどまりません。エネルギーが制約でなくなったとき、何が可能になるか。そこにこそ、真の意味があります。清潔な水、手ごろな住まい、安定した食料供給、空気中の炭素を資源化する技術――そのすべてが、エネルギーコストと密接に関係しています。コストが十分に下がれば、かつては非現実的と思われていたソリューションが現実になります。
これは「過剰消費」の話ではありません。「問題を解決できる力を持つかどうか」の話です。安価で信頼できるエネルギーがあれば、私たちは課題に対して規模で対応できるようになります。そして、エネルギーが豊かになれば、人口の増加も脅威ではなく、創造性と革新の源になります。
今、日本は歴史的な転換点にあります。かつては世界をリードする製造大国だった日本も、今ではエネルギー価格の高騰と生産拠点の海外流出に苦しんでいます。しかし、電力に限らず、エネルギー戦略全体の中核として原子力を再評価すれば、日本は再び世界をリードできる存在になります。高温工学試験研究炉(HTTR)などのプロジェクトや、水素インフラへの長年の取り組みといった実績がある日本は、クリーンかつ産業規模のエネルギーシステムを実現するうえで、他国にない優位性を持っています。次世代炉への投資と、水素製造、合成燃料、産業用熱との統合を進めることで、日本は「化石燃料を輸入する国」から「未来のエネルギーを輸出する国」へと転換できるのです。
原子力をめぐる議論は長らく守りの姿勢に終始してきました。安全性のデータを示し、不安に対して反論する――そんな対話ばかりでした。でも、本当の価値は「何を避けられるか」ではなく、「何を可能にできるか」にあるのです。
乾燥地帯に清らかな水が流れ、化石燃料に頼らない農業が実現し、カーボンフリーの海運が進み、都市が二酸化炭素をインフラへと変える。どんな天候でも、どんな時間帯でも、必要なエネルギーがそこにある――
そんな未来は、現実にできるのです。そしてそれを実現する道が、原子力なのです。
私たちは、これ以上「期待を小さくする」必要はありません。「視野を広げる」時です。そしてその未来を切り拓く鍵が、原子力なのです。
「縮小の未来」ではなく、「拡張の未来」を。
それが、原子力から始まります。