日本が最新のエネルギー基本計画を公表した際、多くの報道で注目されたのは一つの数字だった。2040年までに原子力発電の比率を電源構成の約20%まで引き上げるという目標である。
15年前、この数字は現実味のないものに見えただろう。福島事故後の日本では、原子力への依存をいかに減らしていくかが政策議論の中心だった。多くの原子炉は停止したままで、国民の信頼は大きく揺らぎ、原子力の拡大を公然と主張する政治家もほとんどいなかった。
しかし現在、状況は大きく変わっている。日本は原発の運転期間延長を進め、次世代炉の導入も検討し、原子力を将来のエネルギー戦略の重要な柱として位置づけている。進むべき方向は明確になった。一方で、その目標にどれほどのスピードで到達できるのかは、まだ見通せない。
その理由は、福島事故後に構築された日本の制度にある。
日本政府は、原子力を増やしたいと思っても、そのペースを直接コントロールすることはできない。
福島事故後、日本は原子力規制委員会(NRA)を設立し、規制当局として高い独立性を持たせた。原子力規制委員会の役割は明確だ。原子炉が安全基準を満たしているかどうかを判断することである。国のエネルギー目標や将来の電力需要予測、産業政策上の必要性は、その判断基準には含まれない。
この仕組みは、いままで以上に重要な意味を持ち始めている。
日本のエネルギー基本計画は、原子力発電の比率を大きく引き上げることを前提としている。一方で、電力需要そのものも増加が見込まれている。人工知能(AI)の普及によるデータセンター需要の拡大、半導体産業への投資競争、電化の進展など、世界中で安定した電力への需要が高まっている。さらに、日本のGX(グリーントランスフォーメーション)戦略は、経済競争力を維持しながら大幅な脱炭素化を実現することを目指している。
こうした目標を達成するには、大量の安定した低炭素電源が必要になる。
しかし、どの原子炉も同じ審査プロセスを通過しなければならない。
新しい規制制度が導入されてから10年以上が経過した現在でも、再稼働した原子炉は運転可能な炉の半数に満たない。電力会社は安全対策に巨額の投資を行ってきた。防潮堤のかさ上げ、非常用電源の強化、緊急時対応体制の見直し、自然災害やセキュリティリスクへの対策など、多くの改善が実施されている。それでも審査には数年単位の時間がかかることが珍しくない。
電力会社から見れば、そのスピードは遅く感じられるだろう。
一方で、規制当局にとっては、それこそが制度の目的でもある。
福島事故が変えたのはエネルギー政策だけではなかった。意思決定のあり方そのものに対する国民の期待も変えたのである。事故後、多くの人々は事故そのものだけでなく、規制当局、政府、事業者の距離が近すぎたのではないかという疑問を抱いた。失われた信頼を取り戻すためには、政治的な事情や経済的な利害よりも安全性を優先できる仕組みが求められた。
その結果として、日本の原子力政策にはある種の緊張関係が組み込まれている。
政策立案者は2040年のエネルギーミックスを描く。規制当局は目の前の原子炉が安全基準を満たしているかを判断する。電力会社は長期的な投資計画を立てる。地域社会は慎重な審査と十分な説明を求める。
全員が同じエネルギー転換の中にいるが、それぞれの立場と責任は異なる。
この状況は日本だけの話ではない。
世界各国で原子力への関心が再び高まっている。電力需要の増加、気候変動対策、エネルギー安全保障への懸念などを背景に、多くの国が原子力の役割を見直し始めた。議論の中心はしばしば技術、燃料供給、建設コスト、導入スケジュールに置かれる。
しかし、日本の経験が示しているのは別の側面である。
政府が原子力を増やしたいと考えることと、実際に原子炉が運転を始めることの間には大きな隔たりがある。その隔たりを埋めるのは技術だけではない。国民から信頼される制度と組織が必要になる。そして、その信頼を築くには時間がかかる。
現在の日本の原子力を巡る議論は、単なる発電量や目標比率の話ではない。福島事故後に作られた独立した規制制度が、国民の信頼を維持しながら原子力の拡大を支えられるのか。その試金石でもある。
日本はすでに一つの決断を下している。原子力発電を将来のエネルギーミックスから外さないという決断だ。
残された課題は、福島事故後に整備された制度や組織が、政策立案者たちの描くスケジュールにどこまで応えられるかである。その答えは、再稼働する原子炉の数だけでなく、日本がエネルギー安全保障、経済競争力、そして脱炭素化をどのように両立させていくのかにも大きく影響するだろう。