少し前、東京で工学を学んでいる大学生と話す機会がありました。エネルギーシステムにも関心があり、インフラについてもしっかり理解している学生でしたが、卒業後の進路を聞くと迷いはありませんでした。コンサルに行くつもりだと。周りの学生もほとんど同じ選択をしていると言っていました。
その理由は、特に説明されなくても分かります。道筋がはっきりしていて、変化のスピードが速く、成果もすぐに見える。一方で、エネルギーやインフラの仕事は時間がかかり、外からは何をしているのか見えにくい。扱っている問題は大きいのに、実感できる手応えはどうしても遅くなります。
この「重要なもの」と「すぐに実感できるもの」のずれが、以前よりも大きな意味を持ち始めています。
日本には、今でも世界トップクラスのエンジニアリングの基盤があります。インフラは当たり前のように機能し、企業は長い時間をかけて複雑なシステムを作り上げてきました。ただ、その強みは自然に続くものではありません。それは、次の世代がその分野に入り、時間をかけて知識を引き継いでいくことで初めて維持されます。
その前提が、少しずつ揺らぎ始めています。近年、日本の産業界や行政は技術人材の不足を繰り返し指摘しています。たとえば半導体分野では、2030年までに数万人規模の人材が不足するという試算もあります。エネルギー分野は同じように語られることは少ないものの、求められる人材の性質は近く、同じような構造の問題を抱えています。
同時に、エネルギーシステムそのものもより高度なものへと変わりつつあります。新しい原子炉の設計では、安全性、効率性、拡張性を同時に満たすことが求められます。黒潮のような海流を活用した海洋エネルギーは、概念から実証へと移りつつあり、理論だけではなく実際の過酷な環境での運用が問われています。電力網もまた、複数の電源を統合しながら安定性を保つという、これまで以上に複雑な役割を担っています。
こうしたシステムは、自然に形になるものではありません。時間のかかる問題に向き合い続ける人がいて、初めて現実のものになります。
ここで見えてくるのは、アイデアや技術そのものではなく、それを形にする人の問題です。技術が存在していても、それを実際に動くシステムとして成立させるには、長い時間をかけて取り組む人が必要になります。しかし、その仕事を選ぶ人は以前より少なくなってきています。
この変化はすぐに結果として現れるものではありません。ただ、時間が経つにつれて確実に差になります。人材を引きつけ、育て続けることができる国は、設計だけでなく、建設や運用、改善まで含めて経験を積み上げていきます。その蓄積は簡単に追いつけるものではありません。
日本には、まだその土台があります。ただ、それがこの先も続くかどうかは、自動的に決まるものではありません。
エネルギーの議論は、最終的には技術の話から人の話へと移っていきます。何をつくれるのかではなく、誰がつくるのか、そしてどこでその仕事が行われるのかという問題です。
その答えは、個々の進路選択を超えて、どの国が実際にエネルギーを形にしていくのかを決めることになります。